私は今、自分の中にある孤独と上手く付き合えるようになったし、孤独そのものも さほど大きなものではなくなった。
孤独を飼いならすとはよく聞いていたけど「あぁこのことか」と、ふと思ってみたりする。
大学を出て働き始めた職場は、私の意思とは関係なく一ヶ月で辞めることになった。
後に記録を見て知ったのは、差し引かれていた社会保険料は納められた形跡がなく、まぁ酷い会社だったということだった。
とにかく、私は無職になった。
もし今犯罪をおかしたら(無職)だなーとか言ってふざけてはいたけど、心は不安で満ちていた。
この時 私は、学校や会社などどのコミュニティにも属さない事への恐怖、不安というものを知った。
私たちは物心ついたころには何らかのコミュニティに属していて、何かに属することが当たり前の感覚がある。
それまで、私はずっと「学校や会社が嫌ならやめればいいのに」と思っていた。
けれど、私はこの時初めて、そういう人たちの胸の内を想像した。彼らは何にも属さない事への恐怖や不安から身動きが取れなくなって、思い悩むうちに段々と「苦しみながらでもコミュニティに属するか、死か」の選択肢しか見えなくなり、やがて追い込まれて死を選ぶ人が出てくるのではないか
死が最良の選択だと確信を持って自死する人がどれほどいるだろうか
自死した人が死の間際、その行為を後悔していない確証はない。
自死とは言え、死にたくて死ぬ人は多分、ほとんどいない。
私は「仕事や学校が嫌ならやめればいい」という安易な物言いには異議を唱えていきたい。
この私の、手のひら返した主張を笑ってくれていい。過去はどうあれ、私の考えは変わった。
まず、辞めるかどうか悩んで苦しむほどなら、精神科で医師に相談することを検討してほしい。自分がどれほど追い込まれているか、他者に判断してもらえる機会があるのは重要なことで、またその原因が発達障害によるものであった場合、世間とうまく折り合いをつけるヒントをもらえる可能性がある。
話をする中で気づく自分の思いもあるはず。病院は別に怖いところではないし、重症化する前に行くことが大切なので「自分は病気じゃない」と思っていても、試しに行ってみると発見がある。
私も何度か精神科に行ってますが、いずれも予防目的だったので、薬を飲んだことはありません。精神科に行く=薬を飲むではないのです。私は医師に現状を説明し、具体的にストレスの原因を減らすアドバイスをもらったり、自律神経を整える呼吸法とか色々教えてもらっています。
ただ、仕事をやめられなくて苦しむ人の中には一筋縄ではいかない事情を抱えた人もいて、具体的な解決策が必要な場合もある。
それはもう、専門家に相談するのが一番いい。精神科でケースワーカーにつないでもらうこともできる。
状況によっては弁護士に相談するのがいい。弁護士って、え?って思うかもしれないけど、彼らは相談されることに慣れているし、法的な援助が必要な場合もあるので、法のプロは頼りになります。
最後に
込み入った事情はない人向けに、例として聞いてほしいことがある。
私の会社の後輩は、学校裏サイトでのいじめに遭い、高校2年の終わりに自主退学、その後はバイト生活だったけど、縁があってうちの会社で長年働いている。彼女は今、泣いたり笑ったり本当に人生を謳歌していて、見ていて感心する。
彼女の決断を有意義なものにしたのは、他でもない彼女自身だと思う。たとえ、有意義なものにできなかったとしても、彼女を取り巻く苦しい環境から逃げ出して生きてこれただけで、良かったなと私は思う。
人生何が起こるかわからない。
学校をやめずに通っても、私のように意思とは関係なく無職になって、属するコミュニティを失うこともある。そんな私も今は結構楽しく生きている。
正直言って、コミュニティなんか失ってもなんとかなる。苦しんでいるなら、誰かに迷惑をかけてでも、自分自身の心と身体を全力で守ってほしい。
中学は行かなくても卒業できる。安心して休むといいと思う。個人的な意見だけど。
属することを自ら辞めて生きる道にも、楽しいことは何かしらある。
学校や会社以外にも、いくらでもコミュニティは存在する。
行きたくない学校に行くのと、どちらが自分に必要な道か、具体的に考えてみるのもいいと思う。
高校を卒業することへのこだわりがあるなら、通信制の高校への編入という道もある。
人の死は想像以上に、あっけない。
放っておいても、いずれ私たちは皆死ぬ。
私にも、たくさん悲しい想いをして、消えてしまいたいと思ったことがありました。
でも、どうせならたくさん笑って終わりにしたい、というのが今の私のスタンスです。(言ってることパリピっぽいけど、幼い頃から毎日「今日死ぬかもしれない」と思って生きてきて、今もそれは変わらない。そして「楽しめる時ばかりじゃなくていい」とも思っています。楽しむことが義務のようになっては元も子もないです)
環境が変わると自分の意思とは関係なく少しだけ、人は変わる。
今の環境の自分だけが、本当の自分だと思い込まずに、一歩踏み出すのも一つの手だと思う。
環境が与えてくれる小さな変化を、自分の力で大きな変化にすることもできる。私はそういう人をたくさん知っている。何がきっかけになるかはわからない。
ここまでの内容だと私が「嫌ならやめた方がいい」と言ってるように聞こえると思う。けれど、それは少し違う。
私は「やめていいんだ」って、「嫌になったらやめればいいや」って思えることが、心の拠り所になると考えている。
だから
どうか、幅広く選択肢を知って、一つにとらわれることなく自由な選択をして、生きてほしい。
今、苦しんでいるあなたが心から「属していたい」と思えるコミュニティに出会えますように
そう願っています。