プレゼント
付き合いだして初めて迎えた夫の誕生日、彼の趣味嗜好にピッタリだと思って、Tシャツをプレゼントした。もう12年ほど前の話だ。MかLかサイズに迷っている私に声をかけてきた店員とのやり取り、シルクが2%入ってるから肌触りが良いとかいう説明に感心したものの、あとでタグを見たら綿100パーだったこと(おいおい頼むよトゥモローランドの店員)そんな心底どうでもいい事まで、いまだに覚えている。
先日 ふと目を覚まして、横に眠る夫を見ると、例のTシャツを着ていた。
むら染めのTシャツは色褪せても風合いの美しさが変わらない。けれど、着古したそのTシャツは外に着て出るにふさわしい状態とは言えず、まさに部屋着に丁度いい状態にある。
「もういい加減、捨てればいいのに」
多分、私がそんな事を言ったら夫を傷付けることになるだろうと思い、言葉を飲み込んだ。
夫は物に愛がある人だ。物持ちがよく、私は夫が何年も大事にキレイに使っているものをたくさん知っている。おそらく、私に気を使って捨てられずにいるわけではないだろう。
プレゼントした時、顔をくしゃくしゃにして目尻を下げながら喜んでくれて、私もその様子に思わず目尻を下げた。まあ私が目尻下げたところで、相変わらずツリ目なんですけど。
その次の年にプレゼントしたのは、カシウェアのブランケットだった。肌触りが良いものを特別好む夫なら気に入ってくれるだろうと、早く渡したくて、誕生日当日、仕事終わりに押しかけた(迷惑)
数年後、何度も洗濯されたカシウェアはさすがに当初のような肌触りを失っていて、見かねて新しい物を買った。しかし、当然のように古いものを捨てずに「夏はこのゴワゴワが丁度いい」と言いながら、それはそれで使う夫。
本当は今すぐ捨てたい。けれど、夫を傷付けたくないのでグッと我慢している。
最初のカシウェアをプレゼントした次の年にはもう結婚していた。結婚して数年は今の仕事をしながら、土日は夫の仕事を手伝っていて、怒涛の忙しさで週7日休みなく働いていたせいか、あまりよく覚えていない。(今考えるとソークレイジー)
数年前にプレゼントしたカシミアのマフラーは、大のマフラー嫌いの夫にしばらく使ってもらえなかったけれど、ここ2、3年は「マフラーはあたたかい」「カシミアはチクチクしない」などと“This is a pen.”みたいなことを言いながら使っていて、私は心の中で静かにガッツポーズをしている。とても嬉しい。わかりやすく喜んでもらうだけがプレゼントではないと知った。
使い古したプレゼントの数々、それらを残して夫の体温が消えてしまった途端に、私はそれを捨てられなくなるだろう。そう思うと、お互い元気なうちに気持ちよく捨てていただけるとありがたい。
プリーズお願い今すぐ捨てて。
とはいえ、一つずつ大事にされているのを見るのは、やっぱり嬉しいもの。そんな事を考えながら夫の寝顔をながめ、私はもう一度眠りについた。